京都大学の正門前で、117年にわたって愛されてきた理髪店「美留軒(びりゅうけん)」が今月末に店をたたむ。マルクス経済学者・河上肇(はじめ)、哲学者・西田幾多郎(きたろう)、元首相・近衛文麿のほか歴代総長も御用達だった。移りゆく学生街の変化にはあらがえず、惜しむ声があがる。
京都市左京区の京大正門を出て南東へ少し歩くと、すぐに白壁のしゃれた建物が見えてくる。「いらっしゃい」。シャボンの香りと、店主の上田浩一さん(79)のやさしい声が迎えてくれた。タイル張りの床に、白と黒の理容いす6台が並ぶ。
店は1899(明治32)年、祖父の留吉(とめきち)さんが開業。その2年前に創設された京大の前身・京都帝国大1期生の髪も切った。店の名は大阪・通天閣に登場した神様の影響もあってか、「ビリケン」の愛称で親しまれた。壁の色紙には、滝川事件で京大を去り、のちに立命館大総長になる民法学者の末川博、島津製作所社長だった故・西八條(にしはちじょう)實(みのる)さんら著名人の名もある。
浩一さんは3代目。中学を出て、戦後の約60年を切り盛りしてきた。今では学界の重鎮となった名誉教授も学生時代からの顔なじみ。医学、生物学など最先端の学問から時の政治情勢まで、髪を切りながら床屋談議に花が咲いた。「お客さんから思想や人生観に大きな影響を受け、心が豊かになった。ほんまに幸せなことです」と振り返る。